大晦日。
「一年間何もなかったということが、良かったことよ!」昨日散髪に行った『とこや』で、同級生の弘田が言ってた。その後『大村が亡くなった』ということを聞いた。
「で、何で亡くなったん?」
「ん…。あいつ、鬱やったし…」あまり言いたくなさそうだったし、詳しくも聞かなかったが、少なからずショックだった。。
 大村とは、小学、中学と同学年で、同じクラスになってたことも何度かあった。正直言って、自分にとって彼は中学を卒業するまで『イやなヤツ』だった。
 中学卒業後何年か経って、自分が大阪に帰る時、列車内で会った。
「きーやん!」列車に乗り込んだ時、不意に声を掛けられて、頭を上げるとニコニコしながら立っている大村だった。初めて見る彼のスーツ姿。自分は大学に通う時の普通の服装だったが、彼はヨソイキ?会社に行く時の服装?何だか『イケてる自分』を俺に見せびらかすために呼び止めたような気もした。
「どこへ行くの?」
「高松」
「へー、今何してるん?」
「高松で働いてる」二言、三言、言葉を交わし、彼はそのまま出入り口付近で立っていたが、自分は客室内に入った。
(あいつも変わったんかな?)嫌なイメージしかなかった大村も働き始めてから、随分『丸く』なったような感じがしたのだ。
 それから何年か後、小学校か中学校の同窓会が切っ掛けで、何人かの同級生と一緒に酒を飲みに行ったりするようになり、彼とも一緒に飲みに行く機会が何度かあった。その時々に、
「キーやん、もう止めちょき!」とか言って、自分の体を気遣ってくれたりするので、
(意外に優しい奴やったんや…)という再認識をしていた。
 大村に最後に会ったのは、赤十字病院だったような気がする。これも、弘田から、
「大村が入院した」ということを聞いた帰り、診療時間が終わって暗くなった病院だった。
「大村浩二です。入院してると思いますが」
「ちょっとお待ちください」時間外だったので、警備員さんが対応してくれた。しばらくして看護師さんが下りてきて、
「感染症なので、隔離病棟に居ます」
「会えないんですか?じゃあ、お見舞い持ってきてるので、渡してもらえないですか?」
「いや、ちょっとお待ちくださいね」さすがに、お見舞いは預かってもらえなかったが、何階だったか案内されて、しばらく待っていると、大村が来た。普通に歩いてきたし、思ってたよりは元気そうだった。
呼吸器系の感染症(結核?)ということで、ガラス越しに話をした。
「おまえ、大丈夫なん?」
「うん、まあ…。うつしたらいかんし…」病気のことを詳しく話してくれたが、大丈夫そうだったので、一安心。お見舞いを渡して、帰路についた。
 その前後(どちらが時間的に先かは記憶が定かではないが)、午前中に一度、南国市のスーパーマーケットで会ったことも、記憶の中にはある。
「きーやん!」と声がするので、振り返ると、大村が買い物かごをさげて立っていた。
「えっ!?買い物?ここまで来てるの?」大村は隣町の香美市だから、彼の家からスーパーまでは10㎞くらいはあるのだ。
「うん」ここでも、二言、三言、他愛もない言葉を交わしたと思うが、自分は母親を連れて買い物に来てたので、
「じゃあ、また」とか言って、すぐに分かれた。元々彼は浅黒い顔つきなので、体調の良し悪しは推し量れなかった。とはいえ、普通に話はしたのだから、あの時はさほど心配するほどの状況ではなかったはずだ。(もし、これが退院した後なら、病状等について話していたはずだし、そうした記憶はないから、彼が入院する前のことなんだろう)
 赤十字病院を退院後、感染症自体は普通に治ってたんだろうと思ってるが、弘田によると、大村の体調はそんなに良くなさそうだったし、以前のように飲みに行くことはないままだった。彼の入院中に見舞いに行けて、話せたことは良かったが、その後は特に連絡も無かったし、葬儀も行ってない。『鬱』が原因の一つだったら、会ってもダメなんだろうけど、何か心残りはある。もっとしつこく弘田に聞けば良かったかも…。

カテゴリー: 随筆

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