大学時代、バイト仲間の高田君の彼女が外国旅行のお土産に免税店で買ってきたSwingというウィスキーを、みんなでワッとやった思い出がある。仲間とは言っても、彼は経済学部の三回生(自分より二つほど上の大学の先輩)だったから、理学部の自分とはバイト以外に接点は無く、おまけに民青に所属している物理学科の一つ上の先輩から、
「あの人は黒ヘル(当時、自分は、過激なアナーキストの集団だと認識していた)やから、気を付けや」と注意を受けていた。
「黒ヘルは『民青殲滅!』とかやってるけど、高田君は気のええ人なんやけど」と言うと、
「個人としては悪い人じゃなくても、あれが集団になって政治的なことを言い出すと怖い」と念を押された。
 高田君とは、ジャズ研の先輩から紹介された、幼稚園の宿直のバイトで知り合い、経緯は覚えてないが、仕事先の幼稚園で、『焼うどんはソースか醤油か』というテーマの激しい議論を戦わせたことがあった。自分としては、具材はキャベツと豚肉のソース派で、お好み焼き的な味付けのものしか食べたことがなかったので、
「そんなん、焼うどんはソースに決まってるやん!」と言うと、彼は、
「絶対醤油がうまい!食べたことないんか?」と言って譲らなかった。
「じゃあ作って!」
「おう、作ったる」ということで、谷町六丁目から近い空堀商店街に二人で買い物に行って、彼の指示のもと、『醤油味の焼うどん』をプロデュース。材料はコシのある讃岐うどん、カツオ節の削ったやつ(かごに入れて売られていた、結構本格的なの)、白ネギ(普通の青ネギじゃダメだそうな。彼はいたくこだわっていた)、あと貧乏学生にとってはそこそこ値段の張る牛肉。
 具材を適当に切り、牛肉から炒め始め、うどんを入れて更に炒める。最後に醤油を入れて手早くかき混ぜ、仕上げにカツオ節をかけて混ぜる。醤油の焦げるいい匂いがした。
「あっ、美味しい!」
「そうやろ」年上の高田君は得意気な様子。よく見ると、彼はせっかく振りかけたカツオ節を一つ一つ皿の脇に寄せながら、焼うどんを味わっていた。
「これはこれで美味しいね。けど、なんでカツオ節よけてるん?」
「いや、カツオ節は食べへんねん…」彼にとっては、カツオ節は出汁のもとでしかないようだった。
 ともあれ、そんな彼が、
「彼女が、ヨーロッパ行って帰って来て、Swingというウィスキーを買って来たから、来い(きい)へんか?」と打診してきたので、
「行く、行く!」日時が特に支障が無いことだけは確認した後、貧乏学生でもあったし、誰と誰が来るとか、高田君の彼女がどんな人なのかも知らないまま、参加を決めた。みんなでワーワーやりながら一食分助かるのは、かなりラッキーだという感覚だったと思う。
 酒宴は、高田君と彼女以外は、特に誰が居たかは記憶に残ってはないが、三、四人集まったメンバー中、一回生は自分しか居なかったので、全員先輩だったことは確かだ。当時、お酒には酒税がかかっていて、今は無き心斎橋のそごうのウインドウでSwingは展示されていて、一万二千円の価格表が誇らし気に付けられていた。
(こんなお酒を飲む奴が居るんや…)と秘かに羨ましく思ってたので、
「八千円なら安い!」と言って、焼うどんなんかを肴に、みんなで空けた記憶がある。(もちろん、ビールからはじめてメインのSwingに移ったような…)コンパなんかで、サントリーレッドとかの安酒を飲まされて、悪酔いしていた貧乏学生の時代に、初めて飲んだ美味しいスコッチで、たくさん飲んだ割には悪酔いしなかったので、
「これは良い酒や!」と甚く感激したことを覚えて居る。懐かしい…。

カテゴリー: 随筆

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