ケンカ(私の中学時代より)
          宮本 鎌右紀
K中学校
 《とにかくよく遊んだ。》と言われそうなのが、私の中学時代であった。これは良い意味で言い換えれば、《広い意味での勉強がたくさんできた。》とも言える。(そのかわり、高校へ入ってから、狭い意味での勉強に苦労する羽目にはなるのであるが・・・。)
 小学校を卒業した後、私が入ったのは、町立K中学校である。確か私が入学する二、三年前に周囲の学校を統合してできた《ピカピカの学校》のはずであった。(建物の外見は確かに新しかったが、中は汚いと思った。)プールはまだなく、私達が卒業した後完成した。卒業生は優先的に泳がしてくれるということで、卒業後一、二度泳ぎに行ったことがある。
 当時、一年は七クラスまであって、私は二ホームでクラス委員をやらされた。入学式の日に主任が男女2名づつを決めたのである。
 K中学校は、入学する前は《怖い学校》というイメージがあった。これは近所の先輩達からの情報の影響が大きかったのだと思う。確かに、ケンカはよくした。断っておくが、こちらからケンカを売ったことは一度もない。(少なくとも本人はそう思っている。)
サダヤン
 入学してまもなく一年四ホームの佐田というヤツとやり合った事がある。背は低いが、筋肉質のがっしりとした体つきの男であった。発端は私と同じY小(正確には町立Y小学校)出身のシンちゃん(四ホーム)が中学に入った途端、自分が偉くなったような錯覚に陥って(今の言葉で言えば《ツッパリ》)私を殴ってきたからである。多分、私は小学時代にはケンカをしたことがなかったので、自分の偉さを示す手始めには手頃だと思ったのだろう。
 昼休みに廊下で出会っただけで、
「おんしゃあ、生意気やぞ。」と言って、腹を殴られた。私は殴られる理由がなかったし、みぞおちを突かれて痛かったので、同じように殴り返した。相手が殴る、私が殴り返す、それを何度か繰り返して、
(もう生意気でもどうでもいい。)と思ったのか、シンちゃんは引き上げていった。
 しばらくして、ヤツが来たのである。ヤツは、
「よくも、シンちゃんをやってくれたねや。」と言うのである。
(冗談じゃない!向こうが先に絡んで来たんだ。)と思ったが、相手は仇討ちのつもりらしいし、既にやる気で体を低くして身構えていたので、私は何も言わなかった。ヤツはシンちゃんと同じセリフを言った後、同じように腹を殴ってきた。私は当然、同じように殴り返した。そして、またその繰り返しである。何度か繰り返しているうちに、昼休み終了のチャイムが鳴り、ヤツは自分の教室の方へ引き返していった。
 その直後、事態を見ていた四ホームの中脇という男が、
「お前、サダヤンとやったき、放課後四組のみんなーにやられるぞ。」と言うなり走って逃げていった。
一の四
 私は立ちすくんでいた。何を言われたのかを良く考えることができたのは自分の席に着いてからであった。そして、それからの時間はその事が頭の中から離れなかった。
 怖かったのである。
(あんなチンピラの言う事、嘘に決まってる。)と思う反面、
(もし、四ホームが全員で来たら・・・。)と考えると背筋に冷たいものを感じた。
「四ホームには、特に悪い連中が集まっていて、主任(女の先生)が何回か泣かされている。」と言う噂を聞いていたからである。
 放課後になるまでの二時間のうちにいろんなことを考えた。(当然、授業どころではなかった。)
 まず、自分が何人かにとりまかれてリンチを受けているところ。これが真っ先に浮かんできたから、体中の力が抜けて膝が震えた。そして、
(それだけは避けたい!)と思った。
(どうせ待ち伏せて居るんだろうから裏から帰れば・・・。)しかし、学校は小高い丘の上にあり、
(裏の道は山の中に続いて居て、行き止まりになっているかも知れない。)ということで諦めざるを得なかった。実際、裏の方へ帰る者は一人もいないのである。
 次に、自分のクラスの全員に協力(助太刀)してもらう事。
(しかし、・・・。)二ホームのメンバーから見て、勝負は見えていると思ったし、
(これは自分だけの問題なんだ。)と自分自身に言い聞かせた。
 (それじゃあ、せめて・・・。)あの憎ったらしい中脇を捕まえてぶん殴ってやろうかとも考えた。私の頭の中であの黒子を付けた丸顔が、《ざまー見ろ!》と言って笑っていたのである。
(だけど、そんな事しても自分が惨めになるだけだ。第一あんなヤツ殴る価値もない。) そこまで考えると、どれにしたって《潔くない!》と思えて来て、結局いつも通り、いつもの道を帰るしかなかった。
 そうしているうちに、四組には《森岡》というY小出身のガキ大将が居たことを思いだした。
「ミーヤン(私は中学時代は三年間こう呼ばれていた。)は二組かえ。」と言った彼の笑顔が脳裏に浮かんだ時、
(少なくとも彼はリンチには加わらないはずだ!)と思えてきたから、心強くなってきた。《四ホーム全員のリンチ》の一角が崩れたからである。
(つまり、あの黒子の言うことはハッタリのデマカセのコケオドシの大嘘だ!)そう考えると、随分気が楽になり、《森岡》の存在が本当に有難かった。リンチの企てがあっても、
(彼が止めてくれるはずだ。)とさえ思ったのである。
帰宅
 結局、その日は全く何も起こらなかった。無事に帰り着いた時の空気は、いつもより清清しく思えたし、多分私自身、無意識のうちにいつもより明るく振舞っていたような気がする。

後記 その後、シンちゃんは廊下で私と出会うと、決まり悪そうに照れ笑いをしてすれ違った。 サダヤンとは二年、三年と同じクラスになり、最初は当然仲が良くなかったが、二学期あたりから《割合親しい友達》になったのである。よく定期テストの期間中で早く学校が終わった時なんかに、二人で自転車に乗って行き回ったり、一緒にフォーク・グループを作って演奏したりもした。彼が中央大学に入ってから何年かは会っていたが、今は消息が知れない。ここで書いたことは彼には言ったことがない。(多分、彼は考えても見なかったろうと思う。)
 中一の時、岡田先生という保健体育と社会の先生が、
「ケンカは今のうちにやっちょけ。高校になってやったら、勝っても負けてもけがをするから。」と、保健の授業中に変な理屈をつけて《ケンカ持論》を ぶったことがあるが、その時はなんだか勇気づけられた気持ちになって、
(なるほど!)と納得してしまった。(ちなみに、私は高校になってからは《殴りあいのケンカ》はした事がない。)
 ある程度のケンカは共同生活上必然的に起こり得る(人によって違う?)と思うし、それを経験した事で、自分にとっては一つの勉強になったと思う。
 ただ、特に私達の学生時代のケンカにはそれなりのルール(暗黙の了解のようなもの)があったような気がする。(道具類(とりわけ凶器になるもの)は使わないこと。もちろん多人数による少人数のリンチはケンカとは違う。殺し合いもケンカの一種だと拡大解釈するなら別だが・・・。)
 最近の漫画によくあるようなヤクザの出入りモドキの殺戮的な喧嘩には、幸いなことに、私は今まで出くわしたことがない。

※ 登場人物はすべて仮名です。

カテゴリー: 随筆

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