振り返ってみれば、小学時代は音楽って嫌いだった。小学時代の自分が嫌いだった科目は、体育と音楽。体育は走るのが遅かったから、それだけで苦手科目。改善しようとも思わなくって、体育の時間は嫌だった。追手前高校に入った高1の時、数学のできるクラスメイトに、
「僕は走るのが遅かったから、陸上部に入った」って言われて、
(そんな考え方もあるんや…)って感心したことがあるが、当然『あとの祭り』やったね。
音楽もあまりよく分からないままやってたし、興味も無かったから好きじゃなかった。(両教科とも、5段階評定で2をつけられたことがある)副教科といわれた科目では、図画工作だけがほとんど5だったが、オール5とか取れるヤツが居ることは信じられなかった。(ちなみに、母からは「(学校の評定が)私は全部『(優、良、可の評定で)優』やった!」と折に触れて(主に学校の父母面談後)自慢された記憶がある)
  中学時代はブラスバンド部に入って苦手教科の音楽も、譜面の読み方が分かり出し、評定も5段階評定で5を取れるようになった。(体育は相変わらず、『走るのが遅いのは天性』とか思ってたし、3評定のままやった。出席さえ足りてれば、ほぼ3は確保できたような…)
  中2になった時、中1時に殴り合いの喧嘩をした他のクラスだったSと同じクラスになり、
(嫌やな…)って思ったけど、案の定、体育の授業が終わった時に、
「おんしゃあ、たっすいねや!(お前、ヘタレやったんやね!)」って言われたので、
「知らんかったがか!」って返した。Sは笑ってた。(彼はスポーツマンやったし、勉強もできた)
その後、Sとは友達になって、二人でいろんなとこに行ったり、自宅に呼んで遊んだりしたが、自分は『体育が苦手教科』という意識はずっと持ち続けていた。
  中3の時、体育祭の前日に、練習で、家の前を何度か全速力で走ったことがある。200m走に出ることになってたし、その前に走った時には、3位(6名中)だったから、
(練習したらいけるのかな…)って思ったからだ。結果はブービー。周りは背の高いヤツばかりで、結構一生懸命走ったけど、ビリを回避するので精いっぱいやった。(振り返ってみれば、小学時代もブービーがほとんどだった…)
  現在は、写真を撮ったり、それを補正したりする時間も長いとはいえ、トランペット吹いたり、テニスをしたりするのがメイン。(高校や予備校で教えてた物理や数学とは、今はあまり縁が無くなった。詩も書かなくなったし、絵も描かなくなった)
  科目からいえば、今は小学時代に苦手やった2教科がメインの日々を送ってる!

カテゴリー: 随筆

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