初めて万年筆を使ったのは、小学校高学年の時だった気がする。友人の一人が自慢げに見せびらかしているのを借りて書いてみた。自分が初めて万年筆を買ったのは、中学に入ってすぐのことで、なんだか大人になった気分がしたのを覚えている。
 中学時代、ブラスバンド部に入っていたこともあり、譜面を書き写す機会が結構あった。(スコアだけでなく、各パートに分かれたパートごとの楽譜を購入するための予算には限りがあるので、「**中学から借りてきた」と言って渡されたこともあった)五線紙に楽譜を写していく際に、鉛筆では擦れて読みにくくなることもあるので、万年筆を使うことが普通だった。(今なら鉛筆書きでも、コピーをすれば良いのだが、当時、コピー機はあったにしてもコピー代自体が高価で、譜面を写す際の使用は考えられなかった)
 その頃の万年筆は、多分個体差がかなりあり、書き味も千差万別。(恐らくペン先あたりはほとんど手作りだったはず…)友人のものでもそうそう書き味の気に入ったものも無かったが、自分の使っていたものの中ではパーカーの滑るような書き味が気に入っていた。一度、中学のブラスバンド部の先輩や友人に、
「メイド・イン・U.S.A.」と言って自慢気に見せびらかすと、
「え!違うやろ。メイド・イン・ウサ(宇佐:土佐市にある地名)や!」と言われ、信用されなかった。まあ当時はまだ、外国製は少なかったし、『舶来』と言われ、国産品に比べ品質も良く、その分高価(パーカーは一万円ほどした)なのが普通だったし。
 中学一年(中国との国交回復間もない頃)のとき、土佐山田の中心街で、中国の物産をやっていて、興味本位に友人と言ってみたが、その中に万年筆のコーナーがあり、当時の自分たちの感覚では、安くても一本二千円ほどすると思っていたものが、百円から二百円で売られていた。試し書きをしても、日本製と比べ、さほど差異は感じられなかったので、かなり驚かされた記憶がある。その時、サックスのM先輩が来ていて、
「誰にも言うなよ。」とか言って、一本買って行かれたことを覚えてる。(先輩が帰った後、自分は百円のと二百円のやつを一本ずつ買って帰ったけど…)
 自分が長期間愛用したのは、セーラー万年筆のミニで、ブルーのインクを入れて使っていた。その万年筆(確か千五百円位でそんなに高価なものではなかったが、自分のお気に入り)は、大学のジャズ研の先輩とインド旅行に行った時に、トラベラーズチェックのサインに使うため、
「ペン貸して。」と言われ、しぶしぶ貸した(人によって筆圧が異なるので、ペンにその人の筆圧が合わなくて、貸した後、自分が書きにくくなることがあった)あと、返してくれないので、
「ペンは?」と尋ねると、
「忘れた。」と言って、ショップに連絡はしてくれたが、
「無かった…。」とのことだった。インドあたりでは、忘れ物はかなりの確率で出てこないのが普通のようで、それ以来、自分の愛用の(筆圧に合った)ペンは特に無かった。(インドの一流ホテルという所に泊まったが、自分たちの部屋を整えてくれるルームサービスに身振り手振りで、”This watch!”とか言われ、はじめは何を言ってるのか分からなかったが、よく聞いていると、『僕は正直者だから、この時計は盗らずにあなたにお返しします』ということをアピールしているようだった。”I see.You are honest!”と言って、チップを渡すと、彼は笑顔で部屋を出て行った。それ以降のツアーでは、ホテルを出る際には、貴重品は必ず持って出るように心掛けた)
 近年、『半年使わなくても、すぐインクが出る(使える)』というふれ込みの国産の万年筆をgetし、それなりに愛用している。どちらかといえば筆不精の自分にとっては、万年筆なんかはいつ使うか分からないような代物だし、この万年筆に限っては『結構性に合ったツール』と言えるかもしれない。一つのアイテムに執着するという訳ではないが、愛着を持って使いこなせるようになると、そのアイテムとは『離れ難い絆』が出来ているような気がする。楽器と演奏者なんかがそういった例で、自分もベストパフォーマンスを発揮できそうなトランペットとマウスは、決まっている。原稿を手書きする作家(今はあまり居ないかも…)と万年筆についても、同じような関係があるのかも知れない。

カテゴリー: 随筆

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